第8話:治療の副作用。知識だけでは抗えない「体の変化」

「副作用は遅れてやってくる」――病院で「がんリハビリテーション講習会」を修了し、知識としては理解していたはずの私。しかし、実際に自分の髪が失われ、血液データが書き換えられていく恐怖は、想像を遥かに超えるものでした。仕事と治療を両立しながら、副作用の波をどう乗り越えたのか。リハビリ職としての工夫の記録です。
さらば、マイヘアー
放射線の副作用といえば、やはり脱毛です。最初は「これくらいなら大丈夫」と思っていましたが、照射が強かった右前から耳上にかけて、みるみる髪が去っていきました。
しばらくすると、頭頂部と後頭部だけが残る無惨な姿に、私は大きな決断を迫られました。額が広く坊主は似合わないと避けてきましたが、「このままよりはマシだ」と人生2度目の丸坊主を決意。テモダールの6コース目あたりでようやく落ち着き、1年半かけて元の長さに戻るまでの、長い戦いの始まりでした。
血液データの変動。テモダール増量と28日間の休薬
テモダール(抗がん剤)の維持療法に入り、2クール目から投与量を増やしたところ、白血球と血小板が急激に減少しました。
「このまま治療を続けられるのか?」という不安の中、28日間の休薬期間を設け、採血。旧約のおかげに血球値は回復。結局、3クール目からは初期投与量と同じ量で継続することになりました。数値一つに一喜一憂する、がん治療の厳しさを肌で感じた瞬間でした。
仕事と治療の両立。副作用の波と戦う一週間のルーティン
職場復帰を果たしていた私は、仕事と治療のスケジュール管理に苦心しました。水曜日に診察を受け、木・金は副作用が軽いため出勤。しかし、服用3日目の昼を過ぎたあたりから、猛烈な便秘、吐き気、倦怠感が全身を襲います。
土・日・月の3日間は、ひたすら消化器症状に苦しむ時間。カレンダーと睨めっこしながら、体調の波を予測して「耐える」日々を過ごしました。
学んだ知識を活かして、吐き気止めと「有酸素運動」による克服
この辛い消化器症状を乗り切るために、私は自分なりの対策を講じました。メトクラプラミド(吐き気止め)を適切に使用するのはもちろん、意外な特効薬となったのが「有酸素運動」です。
「身体が重いときこそ、あえて少し汗ばむ程度の運動をする」。これが驚くほど効果的でした。リハビリ職としての知識を自分の体で証明するように、運動の力を借りて副作用の波をやり過ごしていきました。





