第9話:職場復帰

てんかん発作による休職から3ヶ月。私は、放射線と抗がん剤治療を続けながら、時短勤務での職場復帰を決意しました。運転ができない不自由さ、治療と仕事の両立という過酷なスケジュール。しかし、そこで私を待っていたのは、仲間の温かさと「社会と繋がっている」という何物にも代えがたい希望でした。
運転できない壁。バスと電車で繋いだ通勤路
車で30分だった職場への道。てんかん発作後は運転が制限されるため、バス・電車・徒歩を乗り継ぐ50分の通勤路に変わりました。
身体はまだ治療の影響で重く、慣れない公共交通機関での移動は体力を削ります。しかし、一歩一歩職場に近づく時間は、私にとって「日常を取り戻すためのリハビリ」でもありました。
仕事、移動、放射線治療。分刻みのタイトな日常
復帰後のスケジュールは、想像以上に過酷なものでした。
14:30まで時短で勤務し、終わり次第すぐに駅へダッシュ。電車でかかりつけの病院の最寄り駅まで移動し、そこから徒歩15分で病院へ。10分間の放射線治療を終えてようやく帰宅する。
「今考えたら、余計に周りに心配をかけたかも……」という思いもありますが、当時の私には「まだ仕事ができる」という希望が必要だったのです。
仲間の支えと、綿密な面談で守られた居場所
職場への復帰は、自分一人の力では到底無理なことでした。
頻繁な通院を考慮したシフト調整、身体を気遣ってくれる同僚たちの声、そして何度も面談を重ねて働き方を一緒に考えてくれた上司。リハビリ職として「自立」を促す立場の私が、これほどまでに人の温かさに助けられ、居場所に生かされていることを、身に染みて感じた日々でした。
失って気づいた「身体が使えること」のありがたみ
放射線治療が終わり、月一回の診察に落ち着いた頃、私は改めて「働くこと」の意味を考えていました。
自分の身体を使い、誰かの役に立てること。それがどれほど尊いことか。病気になり、一時はすべてを失う恐怖を味わったからこそ、今、目の前の仕事に向き合えることが心からありがたい。限られた時間を「今、自分にできること」に全力で注ぐ――それが、がんを経験した今の私の生き方です。





