運動の際注意したい症状「がん特有の体調変化」

脳腫瘍患者の70〜90%に見られる特有の疲労感
脳腫瘍の手術後は、回復のために運動やリハビリを行うことが大切です。しかし「体調の変化に気づく力」も同じくらい重要です。
特にがん患者さんでは、一般的な疲労とは異なるがん特有の症状が現れることがあります。これらを知らずに運動を続けると、かえって体調を悪化させる可能性があります。
ここでは、リハビリ・運動中に注意したい代表的な4つの症状と、安全に体を動かすためのポイントを解説します。
- がん関連疲労(CRF)と通常疲労の違いがわかる
- 術後頭痛・めまい・ふらつきへの対処法がわかる
- 高次脳機能変化(集中力低下・物忘れ)への工夫がわかる
- 運動をすぐに止めるべき「危険なサイン」がわかる
がん患者さんによくみられる症状の一つががん関連疲労(Cancer-related fatigue: CRF)です。脳腫瘍患者においても高い割合で見られ、「脳腫瘍患者では中等度〜重度のCRFが52〜70%以上」と報告されています(PMC, 2023)。
| 通常の疲労 | がん関連疲労(CRF) |
|---|---|
| 睡眠・休息で回復する | 休んでも回復しにくい |
| 活動後に感じる | 安静時にも強いだるさが続く |
| 翌日にはほぼ解消 | 数日〜数週間続くことも |
| 気力に影響しにくい | 「動きたくない」気力の低下を伴う |
CRFは治療(手術・放射線・化学療法)の影響で生じる多因子性の症状です。「怠けている」わけではなく、体が発している医学的なサインです。
重要なのは、研究では「適度な運動がCRFの改善に役立つ可能性がある」ことが示されています(ACSM Cancer Exercise Guidelines, 2019)。ただし「無理のない範囲で」が大前提です。
- CRFがあっても、軽い有酸素運動・筋力トレーニングはCRF軽減に効果があるとされている
- 活動強度は「翌日に疲れが残らない」程度を目安にする
- 「10分歩けた」「少し体を動かせた」という小さな積み重ねが大切
- 1日の中でエネルギーが高い時間帯を把握し、その時間に活動を集中させる(エネルギーマネジメント)
- 「頑張った翌日は休む」というメリハリを意識する
- 疲れを我慢して続けるのではなく、症状が続く場合は主治医・リハビリスタッフに相談する
多くは経過とともに改善するが、変化に注意が必要
脳腫瘍の手術後は、頭痛が出ることがあります。多くの場合は手術後の炎症・脳のむくみ・血圧変動などが原因で、経過とともに改善することが多いです。
- 術後の炎症・脳のむくみによる頭痛(術後数日〜数週間で改善することが多い)
- 体を動かすと悪化しやすい「労作性頭痛」(無理な運動が引き金に)
- 血圧変動・姿勢変化による一時的な頭痛
- 急に強くなる・「今まで経験したことがない」ほど激しい頭痛
- 運動中・運動後に急激に悪化する頭痛
- 吐き気・嘔吐・視覚変化・意識の変化を伴う頭痛
- 朝起きたときに特に強く、起き上がっても改善しない頭痛
- すぐに運動を中止して休む(無理して続けない)
- 頭痛の強さ・特徴・いつ起きたかをメモしておく
- 次回受診時に必ず担当医に報告する
バランス障害・前庭機能への影響が原因のことも
脳腫瘍の手術後は、バランス障害・前庭機能(平衡感覚を司る機能)への影響・薬の副作用などにより、めまいやふらつきが起きることがあります。
- バランス障害:特に小脳・脳幹に近い腫瘍の術後で起こりやすい
- 起立性低血圧:急に立ち上がると血圧が下がりふらつく(術後・長期臥床後に多い)
- 前庭機能障害:回転性のめまい、歩行不安定感
- 薬の影響:抗てんかん薬・ステロイドの副作用としてふらつきが出ることも
- 急に立ち上がる(起立性低血圧で倒れるリスク)
- 手すりなしで階段を使う
- 一人で入浴する(特に浴槽内でのめまいは転倒・溺水のリスクあり)
- 屋外での自転車・車の運転
- 立ち上がりは「ゆっくり・段階的に」(横向き→座位→立位の順で、各姿勢で数秒止まる)
- 手すりや壁を使って安全に歩行練習をする
- めまいが強い日は「座ってできる体操」から始める
- 症状が続く・悪化する場合は理学療法士による前庭リハビリも有効
「ブレインフォグ」:がんと治療が認知機能に影響することがある
脳腫瘍の影響・手術・放射線・化学療法などにより、高次脳機能(記憶・注意・実行機能など)に変化が見られることがあります。これは「ブレインフォグ(brain fog)」とも呼ばれ、がん治療後の患者さんの約70〜75%に認知機能の変化が報告されています(NCI, Mayo Clinic)。
- 集中しにくい・気が散りやすくなった
- 物の名前・約束・置いた場所を忘れやすくなった
- 複数のことを同時に処理しにくくなった(マルチタスクの低下)
- 判断・計画を立てることに時間がかかるようになった
脳への放射線治療後、認知機能の低下が生じることがあります。放射線治療後3ヶ月〜数年後に記憶障害・集中力低下・疲労感として現れることがあります。脳への全脳照射(WBRT)後では特に注意が必要で、定期的な神経心理学的評価が推奨されています(PMC, 2019)。
リハビリ中にこれらの変化がある場合は、複雑な動作や多くの指示を一度に処理することが難しくなっている可能性があります。
- スケジュール・TODO・服薬記録はスマホや手帳に書いて「外部記憶」を活用する
- 大切な情報は必ずメモを取り、家族とも共有する
- 一度に多くのことをしようとせず、タスクを小さく分けてひとつずつ行う
- 作業療法士(OT)による認知リハビリテーションも有効(担当医に相談)
リハビリは回復に重要ですが、脳腫瘍の治療中・治療後は特に体調に合わせて行うことが大切です。以下のような症状が出た場合は、すぐに運動を中止して医療スタッフに相談しましょう。
- 急に悪化する強い疲労・だるさ
- 頭痛の悪化・新たな頭痛
- ひどいめまい・ふらつき
- 吐き気・嘔吐
- けいれん(軽度でも)
- 運動機能・感覚の悪化
- 胸の痛み・動悸・息切れ
- 意識がぼんやりする
国立がん研究センターの報告でも、脳腫瘍患者のリハビリは「医師の指示のもと、無理のない範囲で行う」ことが強調されています。体調が良い日・悪い日に合わせて活動量を調整することが、長期的な回復への近道です。
「疲れているのに眠れない」——CRFの不思議な体験
私は術後しばらく、「ひどく疲れているのに夜に眠れない」という状態が続きました。PTとしてCRFの知識はありましたが、実際に体験すると「本当に休んでも回復しない」という感覚が普通の疲れとは全く違うと痛感しました。
また、術後心臓の拍動と共に「ズキンズキン」と頭痛が続いていました。主治医に相談したところ「術後の炎症が原因」とのことで少し安心しましたが、「悪化するようであればすぐ来て」と言われ、毎日症状日記をつけるようにしました。
PTの立場から言えば、「今日は体が動く」と感じても、翌日に疲れが残らないレベルを守ることが長期的な回復の近道です。「少し余裕がある」くらいでやめる勇気を持つことが、がんのリハビリでは特に大切だと感じています。
📋 まとめ:運動中に注意したい4つの症状
- がん関連疲労(CRF):休んでも回復しない疲れ。適度な運動が改善に役立つ可能性があるが、無理禁物
- 術後頭痛:多くは経過とともに改善。急な悪化・嘔吐を伴う場合はすぐ受診
- めまい・ふらつき:急な立ち上がりを避け、手すりを活用。転倒予防を最優先に
- 集中力低下・物忘れ:メモ・スケジュール管理でカバー。必要に応じて作業療法士に相談
📖 参考文献・引用元
- 1.国立がん研究センター がん情報サービス「脳腫瘍〈成人〉治療」. ganjoho.jp
- 2.国立がん研究センター がん情報サービス「脳腫瘍〈成人〉療養」. ganjoho.jp
- 3.Lovely MP, et al. “Fatigue among patients with brain tumors.” Oncol Nurs Forum. PMC. 2018. PMC6047436
- 4.Bower JE. “Cancer-Related Fatigue: Causes and Current Treatment Options.” Curr Treat Options Oncol. PMC. 2021. PMC8660748
- 5.“Prevalence of cancer-related fatigue based on severity: a systematic review and meta-analysis.” PMC. 2023. PMC10406927
- 6.Campbell KL, et al. “Exercise Guidelines for Cancer Survivors: Consensus Statement from International Multidisciplinary Roundtable.” Med Sci Sports Exerc. PMC. 2019. PMC8576825
- 7.“Treatment of Radiation-Induced Cognitive Decline in Adult Brain Tumor Patients.” PMC. 2019. PMC6594685
- 8.“Cognitive Effects of Cancer and Cancer Treatments.” PMC. 2022. PMC9118140
- 9.National Cancer Institute. “Memory or Concentration Problems and Cancer Treatment.” cancer.gov
- 10.Salander P, et al. “Fatigue after neurosurgery in patients with a brain tumor: The role of autonomic dysregulation and disturbed sleep.” J Psychosom Res. 2022. PubMed 35278872











