第5話:悪性腫瘍の告知。残された時間と「今」を生きる決意

☎️ 鳴り響いた予定外の電話、嫌な予感
手術から1ヶ月後の診察を待っていた退院後2週間のある日、見知らぬ番号から電話が入りました。受話器の向こうからは、主治医の声。「病理検査の結果が出たから、予定を早めて診察に来られないかな?」
その一言で、心臓の鼓動が早くなるのを感じました。術後は「良性の所見だと思う」と言われていたのに……。呼ばれたと言うことは…信じたくない、けれど否定できない不安が、じわじわと全身を侵食していきました。
😢 診察室での告知、帰宅の車中での号泣
診察室で淡々と述べられた病理検査の画面と「悪性星細胞腫グレード3」という名の現実。あまりのショックに、私は現実逃避するように半笑いで妻の顔を見てしまいました。病院を出るまでは二人とも平然を装っていましたが、限界はすぐに訪れました。
帰路、赤信号で止まった瞬間に妻が泣き崩れ、目の前が見えなくなったため道路脇に車を止めました。それにつられるように、私も声を上げて泣きました。ようやく、自分の身に起きたことを本当の意味で受け止めた瞬間でした。
🌑 「グレード3」という数字と向き合う日々
家に戻ってからは、憑かれたように「悪性星細胞腫」という言葉を検索し続けました。余命、予後、生存率……。暗い情報ばかりが目に付く中で、「グレード3でも寛解(かんかい)することがある」という一筋の光を見つけ、なんとか心を支えました。
しかし、無邪気に遊ぶ娘の姿を見るたびに、涙が溢れて顔を見ることができない。そんな、張り裂けそうな数日間を過ごしました。
⏳ 「時間は誰にでも限られている」という気づき
そんな絶望の底で、一つの考えに辿り着いたことがあります。「健常者であっても、病気であっても、人生の時間は等しく限られている」ということ。当たり前のはずの事実に、生まれて初めて心の底から気づかされたのです。
「泣いて過ごしても、笑って過ごしても、同じ1日」。
そう決意してからは、娘と思いっきり遊び、1年で2度もディズニーへ行きました。これからも、限られた時間を愛おしみ、大切に使い切ろうと思っています。
🩺 PT(理学療法士)として、振り返って思うこと
リハビリ職として、私はこれまでがん告知直後の患者さんをリハビリ室で迎えてきました。「悪性です」——そんな言葉を受け取った直後の患者さんは、表面的にはいつも通り見えることが多いです。しかし、心の中では不安が渦を巻いているような瞳をしているように感じます。
自分が当事者になって、その理由がやっと分かりました。あの瞬間、私たちは目の前の風景を見ているのではなく、「これからの自分の人生」を見つめていると思います。妻の隣で半笑いを浮かべながら、頭の中では「娘の結婚式は見られるのか」を計算していた——それが告知された人間の、嘘偽りのない現実でした。
そして、家に戻って「余命」「生存率」を検索する手が止まらない。あの検索は絶望に向かう作業ではなく、希望のかけらを探す作業なのだと、今ならわかります。「グレード3でも寛解することがある」——その一文を見つけた瞬間、安堵に包まれて眠りにつけました。
今、リハビリ室で告知直後の患者さんを迎えるとき、私は「昨日、ちゃんと眠れましたか?」と尋ねるようにしています。リハビリの内容よりも、まずその一言が、今あの瞳の奥にいる人に届く言葉だと思うから。











