てんかん発作による休職から3ヶ月。私は、放射線と抗がん剤治療を続けながら、時短勤務での職場復帰を決意しました。運転ができない不自由さ、治療と仕事の両立という過酷なスケジュール。しかし、そこで私を待っていたのは、仲間の温かさと「社会と繋がっている」という何物にも代えがたい希望でした。

この記事を書いた人

ZUN プロフィール画像

ZUN

理学療法士 × 脳腫瘍グレード3サバイバー

医療者として、そして患者として、両方の視点から脳腫瘍と向き合う方とそのご家族に、少しでも安心できて役立つ情報を届けられるように心がけています。

理学療法士(国家資格・2016年取得)/糖尿病療養指導士
脳卒中・整形外科・消化器・血液内科などのリハビリに従事
研修修了:呼吸器・がんリハビリ

手術・入院・リハビリ・退院後の生活を、臨床知識と実体験ベースでお伝えしています。

🚌 運転できない壁、バスと電車で繋いだ通勤路

車で30分だった職場への道。てんかん発作後は運転が制限されるため、バス・電車・徒歩を乗り継ぐ50分の通勤路に変わりました。

身体はまだ治療の影響で重く、慣れない公共交通機関での移動は体力を削ります。しかし、一歩一歩職場に近づく時間は、私にとって「日常を取り戻すためのリハビリ」でもありました。

⏱️ 仕事、移動、放射線治療、分刻みのタイトな日常

復帰後のスケジュールは、想像以上に過酷なものでした。

14:30まで時短で勤務し、終わり次第すぐに駅へ早歩きで駆ける。電車でかかりつけの病院の最寄り駅まで移動し、そこから徒歩15分で病院へ。10分間の放射線治療を終えてようやく帰宅する。

「今考えたら、余計に周りに心配をかけたかも……」という思いもありますが、当時の私には「まだ仕事ができる」という希望が必要だったのです。

🤝 仲間の支えと、綿密な面談で守られた居場所

職場への復帰は、自分一人の力では到底無理なことでした。

頻繁な通院を考慮したシフト調整、身体を気遣ってくれる同僚たちの声、そして何度も面談を重ねて働き方を一緒に考えてくれた上司。リハビリ職として「自立」を促す立場の私が、これほどまでに人の温かさに助けられ、居場所に生かされていることを、身に染みて感じた日々でした。

☀️ 失って気づいた「身体が使えること」のありがたみ

放射線治療が終わり、月一回の診察に落ち着いた頃、私は改めて「働くこと」の意味を考えていました。

自分の身体を使い、誰かの役に立てること。それがどれほど尊いことか。病気になり、一時はすべてを失う恐怖を味わったからこそ、今、目の前の仕事に向き合えること、身体が使えることが心からありがたい。限られた時間を「今、自分にできること」に全力で注ぐ――それが、がんを経験した今の私の生き方です。

🩺 PT(理学療法士)として、振り返って思うこと

リハビリ職として、私はこれまで「復職を目指す患者さん」のリハビリに何度も関わってきました。「いつ戻れますか?」「どこまで配慮してもらえますか?」——患者さんからよく聞かれる質問でしたが、当事者になって初めて、その問いの背後にある「働ける自分でありたい」という切実な願いを本当に理解できました。

そして、運転制限。てんかん発作後の運転禁止期間は、医学的には当然の措置です。でも、それが日常に与えるインパクトは想像以上でした。「車で30分」が「50分の公共交通機関」に変わる——たったそれだけのことが、毎日の体力と精神力を消耗します。

復職に際して、何より大きかったのは同僚と上司の存在です。「無理しないでね」の一言、シフトの細かい調整、何度も繰り返した面談——これらは、医学的なリハビリでは絶対に補えない「社会的リハビリ」でした。だから今、職場復帰を準備中の患者さんには、「リハビリ室での訓練と同じくらい、職場との対話を大切にしてほしい」と伝えています。

そして最後に——「身体が使えること」のありがたみ。これは病気を経験して初めて気づいた、私にとっての一番大きな贈り物です。リハビリ室で患者さんと向き合う時間が、以前とはまったく違う重みを持つようになりました。「動かせるって、すごいことなんですよ」——そう伝えられるPTになれたことが、この9話分の人生の、私なりの答えです。

🌅 シリーズを締めくくって

第1話のてんかん発作から、ここに至るまでの9つの物語。発症、診断、手術、後遺症、告知、未来への種まき、Stuppレジメン、副作用、そして復帰——2024年のあの夜から、私の人生は確かに「別の物語」に変わりました

でも、変わったのは「失ったもの」だけではありません。当たり前の日常への感謝、家族と過ごす時間の重み、患者さんに向き合う眼差し——これらは、病気を経験しなければ手に入らなかった、私だけの財産です。

このブログは、これからも「PT × 脳腫瘍サバイバー」として、同じ道を歩む方とそのご家族のために、私が体験した 「知識と感情の両側」 を書き続けます。読んでくださったすべての方に、心からの感謝を。

※この記事について:本記事は、ZUN個人の実体験に基づいた手記です。職場復帰のタイミング・働き方・運転再開可否は、患者さんの状態や治療内容、自治体の法令によって個別に判断されます。復職のご相談は、担当医師・産業医・がん相談支援センター・ハローワークなどの専門窓口をご活用ください。
ABOUT ME
アバター画像
ZUN
🩺 理学療法士|脳腫瘍サバイバー|長野県在住 2016年に理学療法士の国家資格を取得し、総合病院の急性期病棟で 脳卒中・整形外科リハビリを担当(糖尿病療養指導士/呼吸器リハ研修・がんリハ研修修了)。 2024年、悪性星細胞腫グレード3を発症。手術・放射線・化学療法を経て 現役で職場復帰。「医療者の知識」と「患者の実体験」の両方から、 脳腫瘍患者さんとご家族の力になる情報を発信しています。 詳細プロフィールは👇https://zunsyuyotaiken.com/profile/